「ひと手間の先にある、鮨の記憶。」
仕込みの合間、店の静けさの中でふと考えることがあります。
一貫の鮨の向こうに、何が残るのだろうと。
ただ旨い、では足りない。
思わず黙ってしまうような、五感で味わう「間(ま)」のようなものを残したい。
例えば、塩を振るタイミング。
一秒早くても遅くても、味が変わる。
その瞬間、魚と自分とが向き合っている感覚があります。
白身の昆布締めは、朝の気温や湿度で〆時間が変わる。
“正解”はなく、指先と舌が頼り。
今日の魚はどう感じているか。問いかけるように手を入れていきます。
お客様が静かに頷いてくださる瞬間がある。
「言葉はいらない」と思えるような、そんな一貫ができたとき、
小さく安堵します。まだ、やっていけるなと。
最近は、海外からのご家族の来店も増えてきました。
小さなお子さまが、握りたての玉子を頬張って「おいしい!」と笑ってくれた日。
この仕事をしていて良かったと、素直に思えた夜でした。
一貫の中に、仕込みの時間、温度、呼吸、すべてが入っている。
誰にも気づかれないような「ひと手間」が、
いつかその方の“記憶に残る味”になるかもしれない。
そんな思いを胸に、今日も静かにカウンターに立っています。